雁坂峠
- かりさかとうげ -

(2004年5月)

【雁坂峠頂上の全景】

三大峠のひとつと称される雁坂峠は、日本史上最古の峠とも云われています。

『日本書紀』には、日本武尊が蝦夷地平定のため利用した道だと記されました。

武田信玄は、軍用道路「甲斐九筋」の一つとして管理したそうです。

江戸時代には「秩父往還」と呼ばれ三峰神社や秩父神社への参詣路でした。

また、山梨の繭商人達が秩父の山奥の繭を運び出した街道だったとも云われます。

現代では、自動車では通れない登山道国道140号として管理されていました。


このように、いつの時代も重要な峠でしたが、1998年4月に雁坂トンネルが開通してからは
ハイカーが訪れるだけの静かな道となりました。


過去、雁坂峠との歴史は、苦闘と挫折の歴史でした。

発端は1999年3月頃のこと。

開通したばかりの雁坂トンネルを通りながら、いにしえの道はどうなっているんだろう、そこをいにしえのように歩いて確かめて見たい、と思ったのが始まりです。

川又の登山口を見つけたので、さっそくチャレンジ・・・・・したものの、高度が上がると残雪が出現。

ラッセルしながらの登りは想像以上にきつく、道半ばに過ぎない突出峠(つんだしとうげ)の少し先で、登頂を断念。

徒労感と疲れた足をおみやげに、下山しました。
同年5月、もう雪も溶けただろうということで再挑戦。

突出峠の先にある樺小屋まで到達したのですが、中で休憩しているうちに天候が悪化。

体調も思わしくなく、延々と続く登りにうんざりして引き返しました。

2度の敗北によほど懲りたのか、これ以降雁坂峠に挑むことはありませんでした。
そして月日は流れ・・・・。

ガイドブックで黒岩登山道のことを知りました。 川又ルートより距離が短そうです。 

登山技術も体力も進歩して、今度は行けそうだと思うに至りました。

実に5年ぶりの再挑戦。

「出合いの丘」なる休憩所に車を停めさせてもらい、一路雁坂峠を目指します。
朝日を浴びる豆焼橋が見えてきました。

ここを渡りきると、左手側に黒岩コース(黒岩尾根登山道)の登山口があります。

道標によると、ここから雁坂小屋まで8.2キロメートルだそうです。
登山届の投函箱を過ぎ、しばらくは未舗装の林道を進みます。

途中「奥秩父トンネル電気室」という施設があり、また半ば埋もれかけた崩落箇所を乗り越えると、林道終点の小さな広場が見えてきます。

ここから山道が始まります。
黒岩展望台までは、樹林地帯を通る視界の悪い道が延々と続きます。

のぼりの巻き道がひたすらに続き、精神的に辛い感じがします。

途中「天然カラマツ見本林」なる標識があり、樹木に興味がある人ならあるいは楽しめるのかもしれませんが、なければそれもできません。
変化に乏しい長い道中で、心を励ましてくれるのが目的地までの距離を示す道標です。

埼玉県が立てたらしき、これらの道標に書かれた内容を列記してみました。


@黒岩尾根登山道入口 雁坂小屋まで8.2km (登山届の箱あり)
A雁坂小屋6.7km 豆焼橋1.5km
B雁坂小屋6.4km 豆焼橋1.8km
C雁坂小屋5.8km 豆焼橋2.4km
D雁坂小屋5.5km 豆焼橋2.7km
E雁坂小屋4.9km 豆焼橋3.3km あせみ峠  (いくつかベンチあり)
F雁坂小屋4.4km 豆焼橋3.8km 火打石尾根
G雁坂小屋3.9km 豆焼橋4.3km
H雁坂小屋3.4km 豆焼橋4.8km
I雁坂小屋2.9km 豆焼橋5.3km ふくろ久保
J雁坂小屋2.7km 豆焼橋5.5km 真下水晶谷
K雁坂小屋2.3km 豆焼橋5.9km
L雁坂小屋1.6km 豆焼橋6.6km  (わずか先に黒岩展望台への分岐あり)
M雁坂小屋1.0km 豆焼橋7.2km
N雁坂小屋0.4km 豆焼橋7.8km
O黒岩尾根登山道入口 豆焼橋まで8.2km (雁坂小屋の敷地内)


見落としが無ければ、これで距離を示す道標が全部で16本。

さらにこの他にも危険地帯を警告する標識や、手書きのものなどがあります。

数えるだけでも大変でしたが、立てた人の苦労はさぞやと思われます。

途中、あせみ峠という道標の立つあたりに、ベンチが設置されていました。

わずかの変化がずいぶんとうれしく感じます。
雁坂小屋まで1.5Kmのところで、黒岩展望台と書かれた標識があります。

ちょっと寄り道になりますが、木を掴んで這い上がるような急坂を登ると、すぐのところに見晴らしの良い岩場のピークが現れます。

「黒岩展望台」です。

雁坂峠・雁坂嶺・水晶山など周辺の山々を360°見渡すことができます。

黒岩展望台を後にして、やっと山道の景色が変化しました。

今までの鬱蒼とした樹林が開け、笹薮のはびこる明るい道になってきました。
黒岩方面から来ると、どうしても通らなくてはならないのが、この便所(!)

なんと、登山道が便所の中を貫いているのです。

なかなか興味深い風景ですが、近づいてみるとゆっくり眺めてはいられません。

中は強烈な臭気と舞い上がるハエの大群!

息を止めて、ダッシュで駆け抜けるのが精一杯でした・・・
雁坂小屋は無人でした。

営業期間は4月下旬〜11月下旬なのですが、管理人は常駐していないのだそうです。

収容人員は約150名とのことですから、かなり大きな小屋です。

青いトタン屋根の建物がいくつか連なっていました。
小屋の庭先のようなところに、ひとつの道標があります。

川又へ向かう道を指し示す道標。

かつて川又ルートに挑んだ時、成功していたら、向こうからここに到達したのだろうな・・・と感慨しきりでした。
雁坂小屋はまだ終点ではありません。

峠まではそこからまだ15分くらいの急登があるのです。

あと少しと思うと、わずかの道のりがなんとももどかしいものです。

本当にこの先雁坂峠があるのだろうか、と思うような樹林の道を進むと、急に空が開けてきました。
8km以上の上り坂の果てに現れたのは、標高2019mの雁坂峠。

雁坂峠とは、笹原の中を交差する山道であることを確かめました。

周囲は見通しがよく、雁坂嶺や水晶山のつらなりを目で追って見ることができます。

この日は人影はありませんでしたが、ベンチや道標がいくつもあり、人気のほどが伺えます。

ともあれ、ついに前世紀からの念願の地に到達しました。

蒼穹に向かって、万歳!!
山梨県側の眺めは良好。

左の写真には写っていませんが、遥かに富士山の雪化粧も見ることができました。

足元の斜面にはカヤトの原が広がって視界をさえぎるものが何もありません。

鬱蒼とした樹林帯ばかりの奥秩父では珍しい雰囲気が、ハイカーにも人気です。

いにしえの人々も、この眺めにきっと何かを思ったことでしょう。

交通事情などから、雁坂峠へは、山梨側から登る人が圧倒的に多いようです。

トンネルの開通で峠としての役割は終わりましたが、古代と変わらぬ道が今も残っています。

せっかくなので、このあとは雁坂嶺に登ってきました。